作品解説

-遠ノ国 / 風葬-

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年10月31日


「本当なんだ、ぼくはよく、もうこれっきり
眼がさめなければいいがと願い、さめないで
くれと念じつつ寝床に身を横たえる。ところ
が朝がくれば眼をあける、再び太陽を見る、
そうしてみじめな思いに沈む。」

      ゲーテ『若きウェルテルの悩み』


 青年ウェルテルはワールハイムの草原を駆
け抜ける。陽の光を浴び、小鳥の合唱を聴き
ながら小高い丘から町を眺め、ホメロスを読
み、絵筆を取り絵を描く。全てが美しい、神
は全てを与え、何も不足はなかった。


 全ては目の前に、手の届かない場所にあっ
た。それを知ったのはいつだったのか。気付
いた頃にはもう、景色に色はなかった。老牧
師が我が子のように育てたあの古木は無惨に
切り落とされてしまった。


「幸せは他にある」とロッテは言う。目に映
る全てを疑えと、笑いながら彼女は言う。疑
う余地などなかった。貴女こそが真実だ、嘘
を言わないでくれと、ウェルテルは嘆いた。
叶わぬ恋のせいか、街の冷たさのせいか。善

良な赤ずきんが理不尽に狼に食べられてしま
うように、善悪など何の意味もないのか。青
春は、死に至る大病なのか。


 終焉への眼差し、それが十六才だった私の
青春像でした。見せられた夢は消え果て、現
実の名の元に全てを否定され、何度も心を壊
され、それでも生から逃れられなかった。許
されない、ただそれだけが生きる理由でした。
誰にも分からない、分かった気になっても欲
しくない。頑なに拒んだ他者の無理解に、そ
れでも失望する矛盾の意味が分からなかった。


 今なら分かる、誰しもが孤島ではなく、ひ
と続きの島の砂の一粒だから。波に浚われた
友を思えば胸が痛むのは、十六才だった頃か
ら何も変わらなかった。


 大人になった今も、あの青春を忘れること
はありませんでした。絵を描き文字を綴る限
り、あの青春の惨禍から逃れることは出来ま
せんでした。考えるな、苦しむな、ここに苦
しみは存在しないと隣人は絶えず囁く。そう
だ、何よりも欲しかったのは自由ではないか。
その自由に何を苦しむか。一緒にしてくれる

な、覚める夢を見せるだけなら絵描きなんて
要らない、詩人なんて嘘つきだ。私が欲しい
のは自由なんかじゃない。この苦しみを、孤
独を、儚さを、永遠に癒す術をただ探してい
る。何も求めず何も問わず、あなたが傍に、
ただ居てくれた時のように。