ゼロ番地に佇んで。

「ゼロからのスタートだ」なんて振り切ったことも言いづらい歳になりました。単純にそれを老いだとか懶惰(らんだ)だとか言うのかも知れない、じっさいそんな節もあります。幼子は何も持っていないから、何だって手に入る。手放す怖さを知らないから何だって出来る。何も知らないから、何だって知ることが出来る。

 

 

 それに対して大人は何だろう。「大人とは、裏切られた青年の姿である」と太宰治は書きました。私は太宰ほど派手な体験も失望も幸いありませんでしたけど、この所の狭窄的な振る舞いも寡黙も、毎日の痛みのない砂利粒くらいの小傷の賜物だったかも知れない。同じくらい傷付けば誰かの気持ちも分かるかな、そんな無邪気な青年のなれの果てがこれと知ったら、彼は今頃どう思うだろう。振り返るほど、誇れる歳の取り方をしなかったと臍を噛むばかりです。

 

 

 描きかけの作品も随分溜まってきました。聖書の「種を蒔く人」の例え話を思い出しました。種もそれを蒔く人も蒔かれる地上も全部、私の写し鏡かもしれない。新型コロナウイルスのパンデミック以来、国内外では信じられない事件ばかり続いています。時々テレビのニュースやSNSを開けば当て処のない怒りやどうしようもなく陰気な言葉が充満して窒息しかけたり。けれど目の前の日常は至って平凡で、穏やかで、大好きないつもの緑地では涼しい木陰の中でウグイスたちの囀りが鳴っていて、若い親子が草花を指して笑い合っている。本当にこれらすべてが同じ世界の出来事なのか、時々分からなくなります。当面はSNSを絶って、家を出て、雑踏から少し隔てた場所で適当に本を読み漁ったり、そんな生活をしてみても分かる訳もない、空しい「自分探し」でしかなかった。それでもただただ、このまま死ぬわけにはいかない、誰の言いなりにもなりたくない、そんな思いだけは確かでした。

 

 

 先月、県外の遠くに住む友人と数年振りに再会しました。彼は今、昔から私に語ってくれた教育者としての夢の実現のために身銭を削り、タイトロープな生活をしながら徐々に足場を固めています。文字通り命懸けの計画の中でも彼は私とはいつも朗らかに話してくれて、私までもまぁなるようになるさ、と不思議な安心をしたのを今も覚えています。私にも夢がある。彼ほど具体的で壮大ではないけれど。互いの作品を見せ合って、語り合って、そんな時間が真に私が生きていることを確かめさせてくれている気がしました。

 

 

 夢はあまりにも果て無くて、それに対して私たちの命は余りにも短すぎる。こうして私が彼と出会って、この遠距離から10年間も連絡を取り合っているのは奇跡的としか言えない。そんな時間もいつか終わって、誰の記憶にも残らないと思うと、急に寂しさが込み上げてしまいます。

 

 

 

 門松は冥土の旅の一里塚、サヨナラだけが人生だ、そんな名句の数々がいよいよ身に染みるようになりました。手放すものならわざわざ大事にすべきではない、或いは今しかそこにないから大事にすべきだ。そんな違いで世界が真っ二つになってしまったのは今に始まったことではないかも知れません。けれど、いずれ終わる世界で見届けられることもなく朽ちて消えていくだけなら、どうして永遠への渇望が湧いて止まないのか。分からないけれど止められない。ゼロは決して、虚無ではないのかも知れない。ゼロはイチになって、イチはゼロに還っていく。十二進法と六十進法の歩幅で行違っても、いつかはゼロで重なり逢う時だってある。それを奇跡だとか定めだとか簡単な言葉には出来ないけれど、そんな人生の風景を描き続けたい。ゼロ番地に佇む三十路の阿呆の、独り言でした。