「草の根」の絵描きとして

　特段抱負もないまま新年を迎えましたが、それでも時々

今年はどんな年にしようかと考えたりもします。

制作について考える中、それは今という時代と向き合うことにも繋がります。

率直に、十年前よりも今が良い時代になったかと言われたら、

「寧ろ悪くなった」と言わざるを得ません。

 

 

　ただの気紛れから絵を描き始めたのは2012年で、

同じ年の3月には東日本大震災後の宮城県七ケ浜町にボランティアとして訪問しました。

あの日をきっかけに、僕たちの生きる日本とはどれだけ欺瞞に満ちていたのか、

どれほど弱者を見捨てる国であるのか、思い知らされました。

「絆」という言葉には随分と振り回されました。

助け合いが日本人の美徳、とはやし立てられたあの頃と今は

大して変わっていなかったと思います。

勿論その一方で、今まで見逃していた問題に目を向け、

大きな団結が生まれたことも事実です。

それでも震災以降、日本は益々悪い方向へ向かっているのという確信は今も残ります。

 

 

　初めこそ怒りの感情が強くて、何とかして現状を打破したい気持ちもありました。

例えば特定秘密保護法が制定されようと議論する中、学生のデモ活動に参加しましたが、

その中で色々あって手を引いたことがありました。

言う事が正しくても、自分たちが第二の権力やプロパガンダに

なってはいけないと思ったからでした。

強権的な方法に頼らずに抗う術はないか、この事について今も悩んでいます。

 

 

　そうこうしている間にも、戦前を思わせる数々の法案が「数の力」で強行採決され、

その中で日本の報道の自由度も世界的に見て危険なレベルにまで失墜したのでした。

そして今は東京五輪運営のための共謀罪、かつて三度も廃案になった

「現代版治安維持法」が再び議論に持ち込まれるという冗談でもない事態です。

 

 

　「一般人」の定義を国によって定められる時代、番号によって国民が管理される時代、

秘密の理由も秘密のまま情報が閉ざされる時代、自国を盲目的に賛美する時代、

嘘だと思っていた時代が目と鼻の先まで来てしまったなと思います。

 

 

　ただ、焦れば焦るほど日常の会話がこんがらがってしまうこともあります。

政治や社会現象に無関心な兄から「今の政治家とお前は弄れている」と

毒突かれたりもして、発言のしづらさは以前よりも増した気がします。

 

 

　絵を描いていても同じように思うことがあります。

言いたいことは中々言えないものだ、と。

時代の空気を吸い込むと、無意識に閉ざしてしまうものがあると気付かされます。

自由なんて本当はないんだなと思うのは、ちっぽけな頭の中でしか自由を

思い描けないから、完全な自由をこの場所から想像できないから作品にも表れる。

故に、この分野は時代を映しうると思うのです。

 

 

　けれど絵を描いていると、どうしても自由に憧れてしまいます。

美しくて温かい瞬間を描きたくて、下手くそな筆を走らせています。

そして身近な友達で唯一、僕の作品を楽しみにしてくれる人がいるから、

何としても描き上げたい。

たったそれだけのこと、けれど出来れば世界を変えてみたいと願ったりもします。

その中で僕にも政治的に「○○反対」というような意見はありますけど、

大言壮語をぶちまけて中指を立てるヒッピーにはなれませんし、

それは現代において有効な手立てだとも思いません。

 

 

　ただ生きたい、明日に希望を持ちたい。

作品に込める想いを語ると、どうしても安っぽい伝わらない

言葉になってしまうのが悔しいですけど、

未来や理想を思い描くことを忘れてはいけないと思います。

「生きたい」と強く願わなければ、心身ともに殺されてしまう時代に

なりつつあるからこそ、想像したり展望したり、沈黙する時間が必要です。

 

 

　芸術というか表現というか、この分野は何よりも自由を求めるべきだと考えています。

故に権力に利用されたり、権力を得るための手段になってはいけない。

強制力と自由は対極にある存在ですし、現状を見れば権力に自由を与えた

事の悲劇がよく分かるはずです。

 

 

　その中で僕は「草の根」の絵描きという考えがあっても良いのではと思います。

ありのまま存在してありのまま語り合える、そんな風景が理想です。

気の弱い人もいれば、過激で毒々しい人もいて、毎日何かで迷っている人もいる。

一緒に仲良くは無理かもしれませんけど、それぞれの世界が小さな場所の中にも

散りばめられていることをお互いに認め合えるなら、「右ならえ右」みたいな

極端な判断に「待った」を掛けたくなるはずです。

対話の場所をどう作るか、僕たちを取り巻く世界観をどうやって共有するか、

それはとても難しいと思います。

 

 

　僕自身も、これに対する結論には全く行き着いていません。

それでも諦める訳にはいきません、ですから時間を頂きたいです。

山ほど描きたい作品もあるので、まだまだ生きていたいです。

幾ら書いても語りきれませんし、語る言葉も足りないので、

せめて死ぬまでには、何かを残せたらなと思っております。