一人だけがいない部屋

 久々に余暇介助のアルバイトが入りました。

5ヶ月前に描いた"-Memories / 桜草-"という作品の解説でも少し申し上げましたが、

僕はいま、知的障害を持つ人たちとその介助者が共生する

グループホームでのアルバイトをしています。

身の回りのお世話や実家への送迎の他にも、休日になれば利用者さんの

余暇を介助することもあります。

 

 今日の介助のため、Tさん(弟)のいるグループホームへと向かう。

そこには丁度5ヶ月前まで、Yさんも住んでいました。

Yさんはもういない、部屋にはポツンとTさん(弟)が一人僕を待っているだけでした。

 

 お出かけの準備をして出発する前にお手洗いへ向かいます。

そこにはクリスマスの時に撮った写真があって、グループホームの住人たちと

サンタさんが並んで記念撮影をしたものでした。

Yさんは特にサンタさんの近いところにいましたが、相変わらずの仏頂面。

そんな彼も、僕が最期に関わった介助では笑顔を見せてくれました。

 

 もう5ヶ月も経ってしまったのか。

振り返ると少し寂しい気持ちがありました。

 

 電車に乗って散髪に行き、それから昼食とレクリエーション。

久々に一緒に歩くTさん(弟)は、僕が知らないうちにコミュニケーションが更に上手に

なっていて、うっかり見落としそうになるほどでした。

Tさんは言葉を上手く話せず寡黙な人で、気持ちを伝える場合はジェスチャーを

用いるのですが、いつの間にかそのレパートリーが増えていたのです。

 

「ちょっと驚いたけど大丈夫、ちゃんと伝わっているよ。」

 

 そんなことを思って、誤解なく彼の気持ちに寄り添うことができて、

介助者としてこれほど嬉しいことはありませんでした。

 

 Tさん(弟)の余暇には彼のお兄さんが一緒の時もありますが、別の介助者さんが

いらっしゃったのか、今日は一人だけでした。

元々Tさん兄弟はあまり仲が良くないので、意図的にそうなったのかも知れません。

 

 スケジュールだけを見れば普段と変わらない余暇、普段と変わらない電車の風景。

けれど、5ヶ月前に感じた不思議な温かみはどこにもなかった。

同じようで、全く違う日とは今日のことでした。

名古屋では今日まではコスプレサミットがあったため、

電車でも時折コスプレイヤーを見かけます。

今日だけは夢を見ていたい、その表れ方は違っていても、

僕もあのコスプレイヤーの人たちもあまり変わらなかったと思います。

 

 グループホームへ戻ると、既に余暇を終えてTさん(弟)の他にも

何人かの利用者さんが帰っていました。

そのうちの一人の女性は僕と同い年で、その日はお墓参りに行ったそうでした。

誰のお墓参りかを聞き損ねてしまいましたが、このようなスケジュールは今まで

聞いたことがなかったので、間違いなくYさんのお墓参りだったと思います。

 

 5ヶ月前、Yさんが亡くなっていたことに初めに気付いた女性のMさんは、

今日はとても不機嫌な様子で、他の利用者さんに当たる様子もありました。

気持ちが不安定になるのは時折あったそうですが、今日のバイトが終わるまで、

Mさんは一向に機嫌が良くなりませんでした。

ピリピリと、冷ややかな空気が漂っていました。

そんな時に声が大きくて人懐っこいYさんがいたら、少しは和んだのかな。

どうしても、そう思い出さざるを得ませんでした。

 

 たった一人、その一人がどれだけ大きな存在だったのか。

障害があってもなくても、掛け替えのない大切な人でした。

無くしてから気付くのは遅すぎる、そんなことはずっと前から分かっているのに、

やっぱり無くして初めて気付くことがありました。

 

 これからの出会いの先、こんな結末が幾度となく訪れるのは避けられません。

忘れられなくて、今でも胸が苦しくて、在りし日にすがりたくなる時だってある。

それでも僕たちの今は明日へと続いていて、その先でYさんを思い出す時もある。

そういう再会も悪くはないと思い始めました。

彼がいなければ、そんな風に思うことさえなかったのですから。

 

 今年の夏は一緒にいられなかったけれど、友達がお墓参りに来てくれて良かったね。

多分、誰か一人は泣いていたのかな。

枕元でも良いからこそっと誰かを教えて欲しい、なんて邪に考えたりね。

 

 僕はもう一度、絵を描きます。

それは今日の出来事だけではなく、今までの、そしてこれからの出会いと別れに

捧げるための作品を描きたいと思います。

タイトルは"-One Summer's Day / 餞の唄-"

悲しみが消えて、何事もない日々に戻ったとしても、今日を生きられなかった

命たちが、ここに在ったことを忘れないために。

その中で、この日録をお読みになられた方もそうでもない方の想いも一緒に

この一筆に宿すことができたらと、切に願います。

今までに描いた絵もこれからの絵も、僕だけのものではないのですから。