相模原の事件について

 何から申せば良いのでしょうか、言葉に困っています。

この事件で亡くなられた方々とそのご遺族に、

ただ哀悼の意を表明することしか出来ません。

本当に怖かったことでしょう、今でも信じられなかったでしょう。

 

 僕自身アルバイトではありますが、知的障害と合わせて様々な障害を持つ

方々の生活介助の仕事をしているので、本件は一層痛ましい事件でした。

障害の有無で命の選別がされてはならない、その人が幸福か不幸か、

勝手に決めるものではない、そんなものは当たり前です。

それが否定されたこの事件は、本当に悲しいものです。

ですが、直接障がい者と関わらない僕たちはもはや部外者ではないことを

しっかり認識すべきではないでしょうか。

このような考えに至った原因があるのですから、それも小さな積み重ねによって。

 

 もちろん、事件を起こした人の考えは許されないものです。

けれど、その人は僕とそれほど歳も離れていない若者でした。

一体何があってそんな恐ろしい考えに染まってしまったか、

もう一度そこからやり直せないか。

きっとその背後には僕たちが想像を絶するような人間不信があったのかも知れない。

大麻に手を染めたこと、措置入院という強制措置に置かれたこと、探るとどこまでも

出てきそうな所ですが、今後の報道を追っていきたいと思います。

 

 障がい者への差別は古くから続く問題で、その一方で障がい者との共生を

目指す社会の実現へと努力する人々がいました。

例えば江戸時代の善光寺では、足の障害のために二本足で歩けない人のために

手に履かせる下駄を提供していたといいます。

 

-かげろうや 手に下駄はいて 善光寺

 

 俳人で有名な小林一茶もこのように詠いましたが、「かげろう」とは

障がい者を指しているようです。

そしてもう一つ、江戸時代は経済格差是正のための政策も行われていました。

具体的な内容としては馬車の使用の禁止で、その便利さから商人同士の格差が

生まれるからという理由で、利便性よりも公平性を重視した経済政策で、

宿場町の経済を上手く回していきました。

そして経済という言葉には根本的に「家の管理」という意味がありますから、

お金の流れだけではなく、その地域で生きる人々の福利の水準をいかに平等に

していくかも同時に考えられてきました。

 

 しかしながらそこから200年近くが経った今、確かに社会保障としての優遇措置や

バリアフリーに対する意識も現れ始めてはいますが、全体として障がい者に対する認識は

それほど深まったわけではありませんし、街のあらゆる所を見ていても、

明らかに彼らに対する配慮に欠いた箇所が多く目に付きます。

街の娯楽施設一つをとっても、元々狭いところに立地していたために通路が細く、

車椅子が通れないか通れても切り返しができなかったり、そうした立場の人を

物理的に拒む建築が多いです。

エレベーターがあるにしてもそもそもそこまで行くことが出来ない、けれど

苦い思いで階段を上ろうにも手すりがなくて急だから怖くて使えない。

 

 杖を使わないと歩けない人にとっても、このような環境は怖いものですし、

中には足が上がらなくて僅か10センチにも満たない段差にも登れない人がいますが、

そのような人々に対する配慮が、果たして行き渡っていると言えるのでしょうか。

そういう人たちは市バスさえも限られたものにしか乗ることができません。

 

 何よりも障害は生まれながらのものですから、それは個人のではどうしようもないです。

だからこそそれぞれの当たり前があるわけですし、個人ではどうにもならない所は

助け合っていくのが本来あるべき姿ではないでしょうか。

障害の有無に限らず、例えばある人は数学が苦手なら数学が得意な人が教えてあげますし、

裁縫が苦手な人がいたら裁縫の得意な人が教えるような助け合いは、既に僕たちも経験

していますし、それと同じことです。

誰だって得意不得意がありますし、身体特性だって個性の一つです。

 

 障がい者を見て「可哀想」とか「生きづらそう」と言う人がいるならば、一つ申します。

それは結局、いわゆる「健常者」を基準にした考え方でしかありませんし、

そのような考えでそのような言葉を発するのは、とんでもなく傲慢な態度です。

ネットスラングでも既に障がい者を思わせる言葉を使って悪口を

書く人もいますが問題外です。

結局そのような言動が積み重なったから、今回のような事件が

起きたのではないでしょうか。

僕たちだって、ある意味加害者になりうるのです。

このような考え方を支えたのは大勢の顔も名前も知り合わない人たちの言動の

積み重ねなのですから、今日からその考えを少しでも改めなければいけない。

今回の事件を受けて、僕たちができることはこのようなことだと思います。

 

 そして最後に僕たちは何時か年を取って、今まで通りに体が動かなくなったり

不自由と向き合わなければならない人生が待っています、老いには逆らえません。

そうなると一人で生きるのは困難になって、助けを求める時が訪れるはず。

そんな未来の自分と向き合って、今の僕たちは行動できているのでしょうか。

今の自分が、年老いた未来の自分を必死で助けようと思うのでしょうか。

共生を考える第一歩は、そういうものだと思います。

何かが大きく変わらなくてもいい。

今ここで、自分のどこかが少しでも変われば良いのですから。