作品解説
-A Girl on Horizon / 水平線に立つ少女-
2016年2月14日
東日本大震災から間もなく五年目を迎えま
す。そして先週、台湾でも巨大地震が発生し
、百人を超える方々が亡くなりました。今日
をどんな気持ちで迎えたのか、そう想う程に
言葉を失ってしまいます。あなたが生きて、
今日を迎えたのなら、僕はとても嬉しいです
。今日を迎え、そしてこの作品に目を止めて
下さったのでしたら作者としてこれほど喜ば
しいことはありません、有難うございます。
震災の翌年の宮城県七ケ浜町を描く作品は
二作目となりますが、制作の前後でもずっと
悩んでいました。この場所を描くことは、誰
かの心の傷に触れることではないか。高みの
見物を決め込む人間の、身勝手が生んだ一作
ではないか。今でも気持ちは変わりません。
じじつ、七ケ浜町の人々は海に対して色ん
な想いを持っていました。幸をもたらす母な
る海、全てを奪い去った忌むべき海。この作
品がもしあなたを傷付けてしまったのなら、
ごめんなさい。僕のアプローチは不器用かも
しれません。あなたの名前も、あなたと話し
た内容も上手く思い出せなくなって、記憶も
永遠には残らないと思い知りました。僕の住
む名古屋よりもずっと遠くの、小さな町で生
きているあなたと唯一分かち合えるのは、こ
の風景以外何もなかった。あなたと今、遠く
離れていても生きていることを分かち合いた
くて、この作品を描くことにしました。
この海が本当に津波を起こしたのか、そう
疑うほど四年前のそこは静かでした。曇天の
空を持ち上げるように朝陽が昇った水平線が
とても怖くて、そして美しかったのを今も覚
えています。
すべてが流されて、空っぽで何もない水平
線の上。それは四年前の、あの町のことでは
ない気がします。あの日を忘れて、過去とも
未来とも繋がらない歪な時を過ごしている僕
たちのいる場所そのものかも知れません。
五年前の出来事が記憶から薄れ始めた今、
日本は恐ろしい時代を迎えようとしています
。増え続ける汚染水、責任放棄の権化たる避
難指示の解除、そして原発の再稼働。忘れた
頃に、権力によって同じ過ちは繰り返されて
しまいます。ふるさとへの帰還を望む人は必
ずいるでしょう。けれど、目に見えない放射
能が飛び交う場所のどこに安心・安全がある
のでしょうか。それが自分だったら、大切な
人だったら、他人事にできますか。農家の方
々にとって家族同然の家畜が飢え死んだり、
殺処分される悲劇が、今後とも起こらないと
言えますか。僕たちのために野菜を作って下
さる方々が、放射能に塗れた野菜を僕たちに
食べてほしいと願いますか。きっと、そんな
はずはありません。忘却は歴史に対する、人
間の最も大きな罪の一つです。大げさな物言
いはこの際、どうでも良いです。ただ、これ
以上誰かが苦しむ未来が訪れてほしくない。
空っぽの水平線の上に、少女が立っていま
す。傷ついた人を慰めているのかも知れませ
ん。何かを思って祈ったり、歌っているのか
も知れません。嬉しい歌なのか、悲しい歌な
のか、僕にも分かりません。彼女はこの場所
における、唯一の標識のような存在です。こ
の作品自体も、この少女と全く同一と言って
も過言ではありません。
思い出したくないこの日、忘れてはいけな
いこの日を、ただ残したかった。あなたの苦
しみや悲しみが絶望ではなくて、ただの絵に
なって他愛もないものになれば、この作品が
ゴミになっても構いません。あなたが生きて
いるだけで、僕はもう十分です。
ただ、この記憶を忘れないでほしい。この
少女の願いから、この水平線の上から、真の
復興が始まることを心より祈っています。