作品解説

-amabie / 桜の挽歌-

2020年8月1日


 本作の発端はネット上で流行した『#アマ
ビエチャレンジ』で、一人の絵描きとして出
来ることを本作を通して模索していました。



 妖怪アマビエを描くことで除疫を願うのが
アマビエチャレンジの概要ですが、本来アマ
ビエに除疫の意味合いはなく、豊穣の後に訪
れる疫病を告げる不吉な存在であったといい
ます。じっさいアマビエに似た妖怪に件(く
だん)という人面牛がありますが、その姿は
不気味で嫌悪感を抱かせるものです。



 妖怪とはこのように、疫病や天災、神の裁
きといった目に見えないものへの畏れや戒め
を語り継ぐために、敢えて具体的な姿を持た
せられたのだと私は思います。



 私はアマビエを描く時、こうしたものを踏
まえて制作することになりました。どうして
人々はアマビエを描くのか、どうしてアマビ
エに除疫の属性がついたのか、色々な疑問も
ありました。

 私が見たアマビエは叫び、悲しみ、涙を流
していました。それはアマビエではなく、ア
マビエを通した私自身のことかも知れない。
救われなかった命があって、その最期さえ看
取ることが許されなかった。人知れず路傍で
明日を絶たれた人、ニュースから名前を奪わ
れ、苦しむ姿さえ忘れ去られた人がいる。新
型コロナウイルスは確かに恐ろしい病ですが、
恐れるべきはそれだけでしょうか。



 匿名の心無い言葉に命を奪われた人も、誰
にも想いを告げることなく自ら命を絶った人
も、未来を期待された若者ばかりでした。こ
れ以上にない悲劇です。死に至る大病は人の
口から、言葉から、規範から、人の世から出
づるものだと思わずには居られませんでした。



 アマビエの役割は、地獄のような未来をあ
りのまま告げること。それが現実になった今、
アマビエはどんな想いなのでしょうか。それ
はきっと、今を生きる私たちのそれと重なる
と思います。まるでそれは『みなまた、海の
こえ』の妖怪たちが赤子のちよちゃんの死を
悲しんだように。

 私にとって絵を描くことは、一冊のアーカ
イブを編むのと同じで、小さな歴史の備忘録
でもあります。ですから、アマビエチャレン
ジから始まった本作も、その本質から何も変
わりませんでした。アマビエを描いた今が終
わりではなく、ここからが始まりです。アマ
ビエが泣いた、この悲劇を忘れないように。



 たった一つ、私に出来るのは名もない数多
の死をひとり悼むことで、誰かの死を止める
事は出来ません。それでもいつか全てが過ぎ
去った後、大切な人の面影と出逢う日を願っ
てやみません。